「セルフ・コンパッション」に学ぶ、絵の自己評価を高める方法【後編】

ジョギング中のポニーテールの少女 描き方

絵をどんなに上達させても、人に認められるようになっても、きっと苦しみ続ける心境は今と変わらない。

それを変えるには、苦しみ続ける「飢餓の心」そのものを癒やしてあげる必要がある。

その方法としてセルフコンパッションを実践し、絵の苦しみを癒やせれば、もっと上達しなければという執着を手放すことができるでしょう。

でもここで一つ疑問が浮かびます。

執着を手放したその後は、「もっと上達」以外に何を目指して絵を描いていけば良いのか?

現状維持を良しとするのは衰退の始まりにしかならないのでは?

その答えは「セルフ・コンパッション(クリスティーン・ネフ著)」の最期の章に書かれている「セルフアプリシエーション」によって導き出すことができます。

「もっと上達」以外の道

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セルフコンパッションは苦しみを癒やし、心の平穏を取り戻してくれます。

また平穏な状態に対しても継続して実践していると、そこから先自分がどうしたいのかが浮かび上がってきます。

本の中ではセルフコンパッションのもう一つの側面である「セルフアプリシエーション(自分への称賛)」として紹介されています。

構成要素は「自分への優しさ・マインドフルネス・共通の人間性」と同じです。

「自分への思いやり」を短所・苦しみに向けるとセルフコンパッションの癒やし効果となり、長所・喜びに向けると、それらを育てるセルフアプリシエーションの効果となります。

長所とは短所の裏返しでもあるため、短所を癒やしていると自然と長所の芽を伸ばすための案が浮かんでくるのです。

「もっと上達」というのは承認欲求を満たすための目的であって、本来の絵を描く目的ではなかったはず。

セルフコンパッションを行わず、普通に自分の課題について考えるだけでも改善策は出せるかもしれませんけど、承認欲求が枯渇した状態ではどうしてもそれを満たすための案に収束しやすい。

ですがセルフコンパッションにて執着を手放せた後であれば、本来の目的に向かう道を見出だしやすくなります。

更にこのステップを踏んでから考えると「苦手の克服」という消耗ルートではなく、「得意を伸ばす」という成長ルートの改善策を出せるのも大きな違いでしょう。

ただそこで見出すものは人それぞれ異なるでしょうから、実際にセルフコンパッションを試してみないと自分の方向性はわかりません。

試してみて初めてセルフコンパッションの効果が信じられるようになるでしょう。

やる時はノートなどに書き出しながら行うと効果的です。

セルフコンパッション実用フロー(参考)
  1. 自分への優しさ:自己批判にブレーキをかける
  2. マインドフルネス:苦しみへ傾聴・共感し、原因を明確化
  3. 共通の人間性:「人間は誰しも不完全」である事実を思い出して原因を普通化
  4. セルフアプリシエーション:平常心を取り戻した状態で②を継続し、改善策を導き出す

(※あくまでも一例です。自分がやりやすい順番・方法で行うのがベスト)

この記事では方向性の一例として、僕がセルフアプリシエーションを通して考えたものを紹介します。

僕が考えたのは、絵を描く目的を「上達」ではなく「健康」にシフトすることです。

前編で書いたとおり、絵に対する「確固たる自信」は存在しません。

どれだけ上達しようと自分の画力は不十分だと思い続けるのでしょうから、自信を高めるために上達を目指すことは不毛だと判断します。

では自信を高めるのではなく、安定させることはできないかと考えてみました。

絵に自信を持てている状態を「絵の自信が健康」、自信を失った状態を「絵の自信が不健康」と捉えてみます。

そして絵に対する自信を揺らがす原因に対策を用意することで、不健康状態に陥るのを予防できないかと考えたわけです。

自信を確固たるものにすることはできませんけど、「健康」のように努力次第で安定させることができるかもしれません。

そうすれば自分で自分の絵を認めやすくなり、「絵を描くことを楽しむ」という本来の目的も達成しやすくなるはずです。

イラストフィットネス:技術劣化の苦しみ予防習慣

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これはイラストを「スポーツ」のような実力競争としてではなく、「フィットネス」のような健康増進を目的として取り組んでみようと考えた案です。

この案は、運動習慣ゼロだった僕が毎日運動するようになったキッカケである「脳を鍛えるには運動しかない!」という本の考えを参考にしています。

この本では、従来の競争重視の体育教育を「失敗」と評しています。

その証拠に24歳以上の大人でチームスポーツを楽しんで健康を保っている人は、全体の3%に満たないということ。

それは競争に勝利できた上位3%以外の人間は、チームスポーツを嫌いになってしまったことを意味しています。

しかし他者との競争ではなく、個人的な健康増進が目的のフィットネスであれば継続できている大人はたくさんいます。

別にジム通いなどせずとも、軽い筋トレやウォーキング程度でも十分に運動の恩恵は得られます。

つまり絵においても常に上達を求める「スポーツ」ではなく、健康増進という最低限の向上を目指す「フィットネス」感覚にシフトすることで、苦手意識が変化するのではないかと考えたわけです。

具体的なプランとしては次のとおりです。

イラストフィットネス実用フロー
  1. 自分にとっての絵の「健康状態」を定義する
  2. 「健康状態」を維持する習慣メニューを作る
  3. 習慣を継続し「健康状態」を管理する

①自分にとっての絵の「健康状態」を定義する

絵の「健康状態」とは、絵に対する自信を保てている状態です。

どの程度の絵が描けていれば、自分の絵に最低限納得できるのかという合格ラインを設定します。

これも人それぞれ異なるでしょう。僕の場合は「人前で描けるレベル」です。

具体的には友人から突然「何か描いて」と無茶振りをされた時に、「イイ感じ」と思える簡単なイラストを一発描きできるレベルを想定しています。

最低限そのレベルを保てていれば、自分の絵を卑下しないでいられると思えるからです。

②「絵の健康状態」を維持する習慣メニューを作る

次に考えるのが、その最低限のレベルを維持するための習慣です。

忙しいからと言って絵を全く描かない日々が続いてしまうと、運動能力と同様に絵を描く能力も衰えてしまいます。

そうなれば絵に対する自信を維持できなくなるのも当然のこと。

この「技術劣化の苦しみ」という不健康状態を予防するための習慣メニューを用意するわけです。

注意としては何も考えずに模写、スケッチ、クロッキー、30秒ドローイングのようなバイエル的メニューを選択しないことです。

負荷は軽めで良いのですけど、①で設定した「健康状態」の維持・向上に直接効果があると信じられるものでなければ意味がないからです。

あなたが一番「自分の絵に自信が持てなくなる時」はいつでしょうか?

習慣メニューは、その時に備える「事前準備」と考えると意味のあるものになります。

③習慣を継続し「健康状態」を管理する

僕は「人前で描けるレベル」を維持するために、次の画像のような「イメージモデル(素体)」を毎朝10分程度描くことにしました。

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この「イメージモデル」を事前に練習しておくことで、ペン画一発描きの際にアタリを描かずとも、キャラクターの体のラインをイメージ出来るようになります。

それによって下描きなしでも頭身バランスが安定するわけです。
(イメージモデルの詳細は【アタリなしで人物を描く方法(前編)】参照)

つまりこのほんの10分程度の練習は、ペン画一発描きの「事前準備」になっているということです。

これによりいつ無茶振りされたとしても、うろたえずに対応できると自信を持てます。

ポーズや動きを変えてみて、得意なアングルを把握しておくとより安定感が増します。

苦手なアングルだと思うものは本番で無理して描かないようにしたり、別途練習して改善しておけば良いわけです。

まあ基本的に無茶振りされることなどないのですけど、個人的に絵を描きたい時の事前準備にもなるため全く無駄になりません。

実際はその日の気分で別のものを描くことも多いです。でも最低限の課題を決めておくと習慣化しやすくなります。

またこれだけやっていれば問題なしというわけではないですけど、何も描かずに日々を過ごすよりは遥かに自信が安定します。

絵に対する自信を失う原因は、批判や比較だけでなく「ブランク」もその一つです。

どんな理由があろうとも、運動・睡眠・食事をおろそかにしていては健康を維持できなくなるのは必然です。

数カ月何も描いていないのであれば、技術が劣化し、自信が揺らぐのも当然のこと。

健康は短期的に努力すればどうにかなるものでもありません。

習慣としてずっと継続できる仕組みがなければ健康ではいられないのです。

絵に対する自信は、それが揺らいでしまうこと自体は仕方がないです。

しかし自分の意志でコントロールできる範囲で、それを安定させる努力はできるはず。

その1つ目が「毎日描く」というごくフツーの習慣。

ごくフツーだけどできていなかったことなので、まずはこれを「自分にとっての普通」にするところから絵の健康習慣を構築していこうと思います。

ただ描くのが辛いのに「とにかく描け!」という努力至上主義で無理に描き続けるのは苦手意識を強めるだけ。

それでは逆に不健康になってしまいます。

そういう人はまずセルフコンパッションで傷を癒やし、平常心を取り戻すことを優先した方が良いでしょう。

それと絵のブランクから回復するリハビリ方法について紹介している記事もありますので、参考にしてください。
【絵のモチベーションを底上げする!イラストチューニングのコツTOP5(後編)】

チューニング:自己批判の苦しみ予防策

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描きたいものがない。いいアイディアが浮かばない。

そんな時に「自分には才能がない」という自己批判は起こりやすい。

その対策が「チューニング」です。

この苦しみにセルフコンパッションを向けて改めてわかったのは、「描けないものは描けない」ということ。

自分の実力で描けないものを描こうとしているから、いくら頭を悩ませてもあらゆるアイディアが脳内で自動的にボツにされ続け、「空っぽ」な状態になってしまうのです。

自己批判は色んな種類があると思いますけど、個人的に一番強い自己批判が「空っぽ」に対するものであるため、まずはこれの予防策を講じます。

「空っぽ」に陥りやすいのは、描きたい絵のハードルを上げすぎて実力とのギャップが大きくなっている時です。

特に「他人に認められる絵」を描こうとしている時。

別にシンプルでいい、こだわりすぎなくてもいい、多少下手でも構わない。

いくらそう考えたところで「だけど他人に認められる絵」を目指している限り、無理難題を突きつけられた状態は変わりません。

こういう時は「一番最初の動機」に意識を戻すのがオススメです。

今日描こうと思ったそのテーマを選んだ理由。それを通して何を表現したいと思ったのか。

何が良いと思ったのか。

テーマすら思い浮かばないなら、何を描きたいと思って絵を始めたのか。

それが思い出せたら、その後に追加した余計な動機は全て忘れてしまうことです。

他人に理解されるかどうかも気にしない。

あとは今の自分の実力でそれを表現できる方法を考えるだけ。

そういう心境で考え直すと、不思議と「空っぽ」だったはずの脳内にアイディアが浮かんでくるものです。

「空っぽ」に陥ってしまった時のチューニング方法は、過去の記事【絵のモチベーションを削る苦手意識のノイズ解消法】でも紹介しています。

自分の実力と描きたいものが適切にチューニングできたとき、アイディアは自然と湧いてくる。

そのことをセルフコンパッションを通して再確認できました。

オリジナル:比較の苦しみ予防策

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同じ題材で描いたら、自分より上手くてハイクオリティなイラストを描ける人はたくさんいる。

なのに自分がこの絵を描く意味はあるのか?

そんな作品作りにおける比較の苦しみを予防するためには、普段から「オリジナル」の題材を選ぶのが一番です。

オリジナルキャラであれば、世界で一番そのキャラを上手く表現できるのは原作者です。

どんなに画力が高かろうと、そのキャラが原作者の人生経験、価値観に根付いた創造物である以上、他人がそれを超えることはできません。

なので上位互換を恐れる必要がなくなり、戦わずして勝つことができます。

また版権キャラを描く場合でも、「他の人にも描ける案」を避けることで「オリジナル」の比較回避効果は得られます。

別に奇抜なアイディアを探す必要はなく、「自分の人生経験・価値観」と重ね合わせれば良いのです。

まずはなぜ今日その版権キャラ・作品を描きたいと思ったのか。

チューニング同様、その一番最初の動機を思い出してください。

そこにはそのキャラ・作品を通して表現したいと思った個人的エピソードがあるはず。

「好きな作中シーン」だけでは他の人にも描けますけど、個人的エピソードを視覚的に反映した作中にないシーンなら、他の人には描けない「オリジナル」になります。

自分にしか描けないイラストなら、他人と比較などしなくても価値があると思えるでしょう。

まとめ

絵に対する自信の健康増進プラン
  • イラストフィットネス習慣で技術劣化を予防する
  • 空っぽ(アイディア枯渇状態)に陥ったらチューニングを行う
  • 作品を作る時はオリジナルを意識してアイディアを考える

とりあえず、僕はこのプランを「もっと上達」以外の道として実践していこうと考えています。

これからは「健康」を目的に絵を描いていくことで、セルフボディイメージならぬセルフイラストイメージを良くしていくことを目指します。

まとめ

上達への執着を手放した先では、セルフアプリシエーションにより絵の長所を伸ばす道を見出だせる

(例)「上達」ではなく「健康」を目指すという道
 ▶絵に対する自信を揺らがす原因に対策を用意し、自信を安定させていく

あとがき

「セルフ・コンパッション(C・N著)」を読んで、一番大きかった学びは「共通の人間性」の視点を得たことです。

今までは上下関係を嫌悪しつつも比較競争の価値観に縛られ、誰に対しても上下の判断をしてしまっていました。

同等レベルの人に対してはより強く嫉妬心・敵対心を抱いてしまい、横のつながりも広がらない。

それが「人間は誰しも不完全」という事実を理解することで、上でも下でもない「普通」の同じ人間としてつながれる感覚を得ることができました。

また不毛だと分かってはいても手放せずにいた「もっと上達」への執着も、不満を抱かなくなる日は死ぬまで来ないと理解したことで手放すことができました。

ただ「もっと上達」への執着を手放した先の世界は僕にとって完全に未開の地。

現状はまだまだ手探り状態です。

でもセルフアプリシーエションによって方向性は示されているので、とりあえず進むことはできそうです。

前編の「共通の人間性」の項目で書いたように、人生は「一切皆苦」。

しかし喜びとは不満の苦しみを満たすことで生じるもの。

つまり人生の全てが苦しみそのものなら、全ては喜びにも通じているということでもある。

ならば、人生において苦しみは喜びに至る道のスタート地点です。

そんな風に自分を「特別」か「普通未満」かで捉えていた時は見えていなかったものが、「普通」の立ち位置からだと見えるようになりました。

この「普通の世界観」で絵と向き合っていくのであれば、これまでとは違った可能性が見えてくるのではないかと思えています。

前編・後編で長めの記事になってしまいましたけど、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

▲絵に限らず「自己批判的な思考パターン」を改善することは、他の多くの悩み解消につながります。

僕はこの本で学んでから、絵だけでなく人間関係やコミュニケーションの悩みに対する捉え方がかなり変わりました。

元々定価4000円する高めの本でしたけど、なぜか現在値段がかなり上がってるので、中古品で購入するのが良いでしょう。

【関連記事】この記事を書いてから1年半後、自分の絵に対する自信はかなり安定し、「絵の上達」への考え方も随分変わりました。

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