前編では、背景を全体で捉える「写真撮影」的な視点から、部分で捉える「ジオラマ作り」的な視点へシフトする方法として「プチジオラマ」を紹介しました。
しかし背景イメージを膨らませる過程で「描き直し」が必要になっているため、「描き直し前提なら下描きありで描いたほうが良くない?」という疑問を抱いた人も多いと思います。
そこで後編では最初にその疑問への回答を示した上で、ペン画によるプチジオラマの具体的な描き方を解説します。
プチジオラマをペン画で描く理由
そもそも「下描きなしで背景展開する方法」として提案したもの、という前提はありますけど、それを抜きにしてもペン画で描くべき理由があります。
それは「理想背景への執着を手放すため」です。
下描きありでプチジオラマを描くのであれば、1つのジオラマを修正しながらどこまでも拡張して行くことが可能です。途中で思いついたガラクタやキャラクターも後からいくらでも追加できます。
わざわざイチから「描き直し」をしなければジオラマを拡張できないペン画に比べれば、遥かに効率的なのは間違いありません。
しかし下描きありではそのメリットがあるために「空間制限」が効きません。
背景難易度を下げるためにいくら空間を小さく制限しても、修正できてしまうのでその効果は薄い。
空間制限を無視して背景展開が進むなら何の問題もありません。
でも大抵は理想ばかりが先行して実力が追いつかず、「背景展開できない」というフリダシに戻るだけでしょう。
意識的に小さな範囲で「完成」と見なそうとしても、無理やりブレーキを踏んでいるわけですから「手を抜いている」という妥協感を抱いてしまいやすい。
だからこそ修正できないペン画で描く必要があるのです。
ペン画であれば「空間制限」がしっかり働くので、意図したとおりに背景難易度を下げられます。
それに加えて、ペン画で背景を描いてみれば、ベストを尽くしたとしても「修正なしで理想背景を描くのは無理」だとすぐに理解できるはずです。
だから理想に届かなくても妥協感はありませんし、ベストさえ尽くせれば納得できます。
そうなれば遠い理想の風景だけではなく、自分の足元にも目を向けられるようになります。
理想背景を追求したい時は下描きありで描けば良いだけです。
プチジオラマは背景に苦手意識を持った人が「これでも良いんだ」と思えることを目指すもの。
一度に全ての要素を揃えられなくても「完成」と呼べる割り切り感覚を養えるので、背景が苦手な人にとっては「描き直し」前提もメリットになるのです。
プチジオラマの描き方
プチジオラマは次の2つを押さえておけば描けます。
プチジオラマの描き方フロー
基本的な展開フローは前編第2章と同じです。そこに「ペン画の描き順」の概念を追加することで、連続した「描き方」になります。
とりあえず一番大事なのは③です。
サイズが大きくなっても「手前▶奥」という流れさえ覚えておけば、あとは描きながら考えればOK。
ジオラマ作りの3コマンド
ジオラマ作りで考えるべきことは3つだけ。そこさえ押さえておけば即興でも迷わずに済みます。
「模様背景」の時と同様に、「グー・チョキ・パー」の型に分類するとわかりやすくなります。
自分が展開可能な範囲に空間を切り出し(チョキ)、
その空間内にモノを配置して(グー)、
それぞれにテクスチャを貼って属性・質感を付与する(パー)。
ジオラマを展開していく方法は一見複雑に思えてしまいますけど、整理してみると意外とシンプルなものです。
写真撮影的視点だとここに遠近感や構図レイアウトが入ってきます。そうなると一気に背景がややこしくなってしまうのです。
ジオラマコレクション
基本描き方フローの②でフィールド選択をする時、あらかじめ脳内に何パターンかフィールドのストックがあると便利です。
それがあれば、ゲームのステージセレクトをする感覚でフィールドを選べますから。
ジオラマコレクションを増やすコツ
ストックを増やすコツは「よく知っている場所」とリンクさせること。
「草原」を描く場合にも、リアルに存在していて自分がよく知っている公園などの一部としてイメージする。
そうするとあらかじめそこにあるガラクタや建物を知っているため、想像力に頼らずとも記憶に頼るだけでジオラマを展開できます。
逆に「ファンタジー世界の草原」のように、行ったこともないし、よく知りもしない場所をベースにイメージしようとすると背景展開は難しくなります。
だってそこにどんなモノがあるのかを知らないのですから。知らない場所を描くには、多くの資料や知識を総動員してイチから想像していくしかありません。
そういうことが得意な人ならともかく、背景に苦手意識を持っている人にとっては完全に選択ミスでしょう。
ファンタジー世界を描くにしても、あくまでもベースは「よく知っている場所」を選び、そこをファンタジー要素のあるガラクタでアレンジしていくという流れの方がうまく行きます。
同様に、ガラクタのストックも「よく知っているモノ」を選んで増やしましょう。自分の持ち物とかなら、実物を見なくても記憶を頼りに再現できます。
こうして「よく知っている場所・モノ」をジオラマ作りに使っていると、実際にその場所を訪れた時や、そのモノを使った時に、ちょっと観察するだけでジオラマの再現精度を高められるようになります。
ジオラマコレクションを整理するコツ
プチジオラマとして展開可能なストックが溜まってきたらグループ分けをしておきましょう。
フィールドの分類はまず「アウトドアorインドア」に分けられます。その中で更に「自然的or人工的」に分けられます。
ただしインドアの場合はほぼ「人工的」ですし、例外も少ないのでまとめてしまいます。
結果として、背景は基本的に3グループに分けられることになります。
もっと細かく分類することも可能でしょうけど、「3コマンド」同様、シンプルにグループ分けしておいた方が思い出しやすいのでこのくらいがオススメ。
今後はこのジオラマコレクションからフィールド選択するようにすれば、背景展開はかなりスムーズになるでしょう。
まとめ
さて、前回からここまでの流れで「模様背景」と「プチジオラマ」を習得した今、「背景展開できない問題」はどうなったでしょうか?
背景への苦手意識はそう簡単には払拭できないかもしれませんけど、八方塞がりの状況は脱せたはずです。
あとは仕上げとして、これまで立ち尽くすだけだった背景展開の入り口に「◀︎模様or風景▶︎」の分岐点を設置しておきましょう。
これであと残っているのは、今日の気分で好きな方を選ぶことと、前に進んでみることだけです。
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あとがき
とりあえず、ここまでの話で「下書き不要論」は終わりです。
松村上久郎さんに教えをキッカケとして、自分の絵に対する価値観はここまで変化したという話でした。
最後に、自分が考える下描き卒業のコツを書いて締めくくりましょう。
コツは、他の記事でも何度も書いてきたとおり「描けないものは描けない」という事実を認めることです。
修正ができないというハンデが付くわけですから、下描きありで描けていたレベルと同等未満のものしか描けなくなるのは当然のこと。
なので、可能な限りハイクオリティなイラストを望むのであればペン画は不向きだと思います。
「描けないもの」が増えるだけなので、続けるのが嫌になってしまうでしょう。
しかし、ペン画を続けて「描けないものは描けない」事実を認められるようになると理想のクオリティを追求しなくても良くなり、気持ちが楽になります。
ペン画に馴染めるようになるのはそこからです。
「描けないもの」に自覚的になるほど、自分の「描けるもの」が明確になっていきます。
それは理想に遠く及ばないクオリティなのかもしれませんけど、理想を目指している間は得られなかった「描ける」という手応えを与えてくれます。
その手応えを大事にして「描けるもの」を育てていけば、自然と「下描きがなくても大丈夫」だと思えるようになるでしょう。
長い話になってしまいしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
▲「下描き不要のパラダイムシフト」のキッカケを与えてくれた松村上久郎さんに改めて感謝申し上げます。
この本のあとがきに励まされて、僕も「自分の描き方」を開拓することができました。
一応淡い期待を込めて「下書きなしで自由に描く方法」なる検索ワードが私の指からネットの海に投げ込まれましたが、望みの回答は得られず、あえなく電海の藻屑に。
しかし同時に「自分と同じように感じて苦しんでいる人はいるはずだ」という気持ちも私にありましたから、「他に誰も取り組んでいないのなら、確かにこれは私が取り組むべき課題なのだ」と自分を励まし、独学をスタートさせました。
引用元:松村上久郎『心にのこる絵の描き方』
「下書き不要論」に関連する記事をまとめた記事を作りましたので、復習用にご覧ください。
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